母のこと

この場所にこんなことを書くのはひどく不適切であろうが、ここはいろいろ便利なので書き留めておく。
今回の帰省はかなり重要であっただろう。
母の話を聞いた。農家という、おそらくかなりコミュ力ゼロな親のもとで、4人兄弟の2番目の長女、「イモだのカボチャだの」メシだけはいっぱい食べさせてもらえたが、人生に関して何ら示唆を与えてはもらえなかった。看護の道に進んだ彼女は何の自信もなく、深い悩みに陥ったこと。注射針が煮沸使い回しから使い捨てになったことで、一般の人々には「もったいない精神」のかけらもない、ただそれだけでもものすごい違和感を覚えたこと。
教科書的に言えば、家で作物つくって売っていればよかった農家も戦後、急速な雇用の拡大の波に飲まれていったなかでの一つの挿話。
まざまざと見えたのだ、いきなり自己了解を超えた社会の混然としたさまを突きつけられ、呆然と立ち尽くすまだ若い、彼女の姿が。
彼女は疎外感を感じながらしかし、一般社会へのささやかな迎合のしるしであっただろう子どもを産み、フツウの親に引け目を感じつつもその子を育てたという。